2010年12月02日

20-30年昔の話

【Q&A編】 結局のところ寿命が長いのはどのメディア?

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/knowhow/20100917/1027552/?f=tok1
但し会員登録しないと、最初のページだけしか見る事が出来ない、登録は無料だけど、結構詳細な個人情報を要求して来る、まぁ、現世代では仕方が無いのか、それにしても一寸きつい、「日経」だから個人情報を漏らしはしないだろうけど、あちこちで個人情報の流失が多すぎるんじゃないの。

尖閣の件でもそうだけど、私用のPCが公的とゆうか業務のNetworkにいとも簡単に接続できてしまうのが、不思議、製造番号とか、固有の複数は存在しないデータとかが業務のサーバーに登録されて居なければ、跳ねちゃうとか幾らでもやりようは有ると思うんだけど、そしてこれだけ騒がれてるのに重要な業務についてる人間が、安易に所謂「ファイル交換ソフト」DLしている。

例えばWinnyは2002年5月に公開された日本製のファイル共有ソフトであり、匿名ファイル共有ソフトの草分けでもある。WinMXの利用者が逮捕されたことで、違法な共有を行っている利用者を中心に動揺が広がっていた時期であり、多くの利用者が匿名性を持つWinnyに乗り換えたといわれる。ACCSの実態調査では、2003年に「利用したことがある」が22.8%だったものが、2004年には「最もよく利用する」が40.3%と急増する(同年のWinMXは57.6%)。その後は減少傾向に転じたが、前述のWinMX公式サーバ閉鎖後の2006年には「主に利用している」が33.3%とWinMX(24.5%)を初めて凌駕して国内最多となった。

条件に合うファイルを片っ端から自動でダウンロードさせる地引と呼ばれる利用方法を初めて提案した。BBS機能も持ち、その用途でも利用されていた。マルチバイト文字に対応しているがUnicodeには対応しておらず、またローカライズが困難な仕様だったため、海外では殆ど普及していない。当時、匿名性が絶大に信頼されていたものの、2003年11月27日に著作権の侵害を理由に利用者から逮捕者が出たことで、Winnyの開発は停止した。翌年、2004年5月10日に著作権の侵害の幇助を理由に開発者も逮捕された。現在では解析が進んでおり匿名性は破られてきている。

Winnyは技術的なことも含め様々な点で特徴的であり注目を集めた。国内では初めての実用的なピュアP2Pネットワークソフトであったことも、その一つである。Winnyの影響を受けたソフトウェアも多い。

ピュアP2Pモデルを採用しているが、Gnutella等よりファイルの検索機能が効率化している。転送する時、ファイルをそのまま転送するのではなく、キャッシュと呼ばれるデータに変換してから(あるいは変換しながら)転送を行い、必要に応じて復元する。その際、一定確率で転送の中継を行うことで匿名性の確保を図った。BitTorrentと同様にダウンロードしたキャッシュは自動的にアップロードされるが、キャッシュは原則Winnyが管理し利用者は関与しない方針により、BitTorrent以上に徹底している。キャッシュは暗号化されているため、利用者は自分のノードが何を中継したか分からないようになっている。(実際には特定のツールで知る方法がある。

コンピュータにインストールされるP2Pアプリケーションは、目的や用途を問わず、インターネットに対しポートをオープンにしてサーバ的動作をする場合が多い。また、クライアント的な動作のみであっても、いずれにせよアプリケーションにバッファオーバーフロー等のセキュリティホールが存在した場合、アプリケーション同士が常時接続している場合が多いだけに、ワーム、ウイルス等が急速にP2Pネットに感染拡大する脆弱性を持っている。実際にWinnyやShareなどをインストールしたパソコンから個人情報が漏洩する事件や機密情報漏洩事件が多発している(「暴露ウイルス」の項も参照のこと)。

Winnyなどにおけるウィルス感染・個人情報漏洩は、WinnyなどP2Pソフトの脆弱性によるものではなく、通常のウィルスと同等のセキュリティ対策を行なっていれば、対応できるものである。

出典はウイキペディア

なのに重要な業務についてる人間が、安易に所謂「ファイル交換ソフト」をDLしているのは、「自分は詳しい、そんなのには引っ掛からない」とゆう自信過剰なのか、「セキュリティ」に関心が全く無いのか、でもそんな事あり得ないよね。

私の場合PCはもう30年以上やってる、しかし全くの趣味でSEとかプログラマーの様な職業をやってた訳じゃ無いから、素人の域を出ない、上記の資料はチンプンではないけど、といって完全理解にはほど遠い、だから「セキュリティ」の危険の有るものには近寄らない、従ってウィルスに感染した事は1度も無い、IBMが「PCDOS」って言ってた頃からだから、Internetなんか存在してなかった、だから電話線を使ってパソコン通信をやってた、当時はプロバイダーとゆう言葉も存在しなかったけど接続業者はNECの「PCVan」だったかな、それと富士通の「Nifty」だけだった、速度は300Bps、300だよ、現在100Mのフレッツは100Mとゆう事は「100,000,000Bps」だから如何に遅かったか、でもちゃんと話は出来てた、それが1200Bpsになり、ISDN−>ADSL−>光 となって来た。

ISDNの頃からルーターは使ってた、PCは1台だけど、ルーターのNAT機能で最初のセキュリティとし、そのあと「カーテンウォール」やらなんやらとセキュリティソフトで凌いで来た。でもPCDOS」じゃなくて、ずーっとNECの98シリーズだったからCPUがペンテの初期120M位までNECの98シリーズ、で「MSDOS」でExcelなんかまだ無くて当時は「Louts」全盛で、マクロを1000行なんて書いて、「芸は身を助ける」で趣味を業務に生かしてPC業務をしてた、記憶に有るのはその頃はPC-8801だったと思う、その後「PC9801E」を購入、まだHDDは無くて、8インチのFDを買った記憶が有る、価格は40万円位した。

PC-9801E 1983年11月
μPD8086-2(Intel8086互換) 8MHz、8インチ、5インチ2D FDD I/F搭載、漢字ROM非搭載…(漢字表示にはオプションのPC-9801-10ボードが必要。第二水準漢字表示にはオプションROMのPC-9801-12/Kが必要,拡張漢字表示にはオプションROMのPC-9801-18が必要)

5年くらい使って買いましたのが
PC-9801RA/RX前期 1988年7月/9月
5インチFDD搭載、大型筐体、FM音源なし。CPUはRA2が80386DX/16MHz、RX2が80286/12MHzを搭載。 次が。
PC-9801FA/FS/FX 1992年1月(FA) / 5月

1990頃「DOS/V」が上陸してきて98シリーズは終焉に向かってた。

確かCompaqかHPだかを買ったと思う、その頃はDOSとWin3.1が共存してた、家ではDOS/V、パート先ではMSDOSだった、会社ではまだ無線LANは存在しなくて、有線LANで業務で使って会社の構内の建物を繋ぐLANCableは電柱を利用してた、ルーターは国産は作っていなくて、アメリカ製だったと思う、私が関係してた部署での相手の会社は富士通のFM機を使ってた、でデータの遣り取りはFDで98シリーズ系のFDだから1.2MB、自宅で使ってたDOS/Vは1.4MBで互換性は全く無いので、ともかく不便とゆうか、会社の仕事を家へ持って帰ってやるなんて互換性が無いから不可能でどうしようも無かった。

駄目だ、もう午前様、また尻切れとんぼ、寝なくちゃ、後はまた後日
posted by ゆきずり at 00:17| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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